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フリードマンとシュウォーヅが断罪した連邦準備の過ちとは、一九三○年の最初の一○カ月、二二年の最初の八カ月、二二年九月のイギリスの金本位制離脱からの四ヵ月、の三回にわたって、連邦準備が大規模な買いオペのチャンスを逸したことを指す。
もしもそのいずれの機会においてでも、三二年から三三年にかけての最終的な全国的金融危機に臨んでようやく実行された一○億ドル規模の買いオペを実施していたなら、連邦準備はアメリカの金融崩壊を避けるなりへあるいはその程度を大幅に軽減して、実物経済の悪化に歯止めをかけることができたはずである。
それができなかったのは、ニューョーク連銀の名総裁ベンジャミン・ストロング以降、連邦準備内に強力なリーダーシップと見識をもった人物がいなくなり、ワシントンの連邦準備と一二の連銀とが政策決定の主導権をめぐる確執に明け暮れ、連邦準備が本来の機能を果たせなかったからである。
「独立の中央銀行制度が市場に対して示すはずのリーダーシップ、政治と利潤の圧力に抗し、あるいは市場全体の動きに逆行する行動をとる能力広範な権限をもった準政府機関の設立を正当化するこうした特性が、連銀に欠けていることは誰の目にも明らかだった」。
フリードマンとシュウォーッは、二九年から三一年までの大不況の初期局面は、テミンの挑戦貨幣的および非貨幣的要因のどのような組合せによっても起こり得たが、一旦始まった景気後退を深刻な大不況にまで押しやるには、銀行制度の崩壊が決定的に重要な役割を果たしたと述べていた。
しかし、ピーター・テミン(『貨幣的要因が大不況を惹き起こしたのか』)は彼らの主張を、銀行崩壊が実質所得の減少を惹き起こした、と読み、そのような「貨幣仮説」を歴史的事実の説明として正しくないと批判した。
そして、自らは、銀行制度の崩壊が不況の激化・長期化に貢献したことは明らかだとした上で、大不況を惹き起こした原因は自律的な実質経済活動の停滞に求められるとする「支出仮説」を提示した。
テミンは、IS・M分析によって二つの仮説を比較した。
生産物市場の均衡を表わす貯蓄・投資(IS)曲線は、実質利子率が上がれば投資が抑制され、投資乗数を通じて総所得と総産出量とが減少するため、(実質)利子率に対して右下がりの形存号している。
他方、名目利子率が上がれば金融資産の保有において貨幣から債券へのシフトが起こり、貨幣需要が減少するが、一定の貨幣供給の下で貨幣市場が均衡を回復するためには、実質経済活動の上昇から貨幣の取引需要が増えていなければならない。
このことを反映して、貨幣市場の均衡を表わすM曲線は(名目)利子率に対して右上がりの形をしている。
さらに、IS曲線とM曲線の交点に定まる均衡産出量(q)は、一定の貨幣賃金に対して生産物価格が高いほど企業は生産を増加させようとする関係を表わす右上がりの総供給曲線に対応して、図的のように生産物価格水準がRとなることを要求する。
さて、このようなマクロ・モデルにおいて、貨幣仮説は、銀行倒産によって貨幣供給量が減少し、M曲線が左にシフトしたために産出量の減少がもたらされたという主張と解釈される。
すなわち、M曲線が左にシフトすれば、IS曲線に沿って瓦から&まで産出量の縮小と利子率の上昇が起こり、産出量の減少にともなって生じる物価の下落から予想される実質利子率はさらに上昇し、それによってIS曲線が左にシフトする。
結果的に経済は&に至って新しい均利子率が下降する方向へ動いていき(、物価と利子率と実質生産量の減少が起こるしかし、テミンは貨幣仮説には二つの問題があると言う。
第一は、マネーサプライの縮小が実質所得の低下をもたらしたとすれば、その間金融は逼迫して利子率は上昇したはずであるが、実際は、短期利子率は一九二九年末以降不況の初期に大きく下落した。
第二に、M曲線のシフトは実質マネーサプライの縮小によってもたらされるはずであるが、実際は物価が名目マネーサプライ以上に下落したため、三○年まで実質マネーサプライは上昇を続けた。
こうしたことから、テミンは貨幣仮説を退け、従来の議論が投資の動きに注意を集中し過ぎたことを反省して、二九年から三三年へかけて四一%も下落した個人消費支出の動き、スムート・ホーリー関税法以降の輸出の減少などが大不況の原因であったとする支出仮説を提示した。
テミンの引き起こした論争以後、マネタリスト陣営は二つのグループに分れる声)と鋤鞭獅とになる。
第一のグループは、カール・ブルンナー編集の『大不況再訪』に収められたシュウォーッに代表される強硬派マネタリストである。
彼女は、テミンの支出仮説がなぜ消費支出が自律的に減少したのか説明していない点を批判し、推定された月次所得データに基づくグレンジャー・テストの結果は、大不況の初期においても、時間的因果関係が一方的に貨幣から実質所得へ向かっていたことを支持しているとして、貨幣仮説を一層強硬に主張する。
しかし、大不況のように大きな経済変動が、単一の原因のみに基づいて起こったとは考えにくい。
じっさい、シュウォーヅとは異なる所得の代理指標として卸売物価指数と生産指数をかけあわせた名目生産額をとり、マネーサプライの動きと重ねてみると図躯のようになる。
厳密な統計的検証を待つまでもなく、二九年から三三年にかけては、生産あるいは所得が急激に落込み、マネーサプライはむしろそれに引きずられて縮小していったことが明らかであろう。
もともとフリードマンとシュウォーヅは大不況の初期に実物的要因も働いたことを否定していなかったが、『大不況再訪』中のゴードンとウィルコックス(「大不況のマネタリスト的解釈」)は、自律的な支出の減少によってテミンの図式のように実質所得と(名目)利子率の低下が説明できるものの、そのことは貨幣供給量が実質経済活動に影響を与えるというマネタリストの主張と矛盾はしないことを示し、穏健派マネタリストの立場を擁護した。
結局、大不況の起源をめぐるマネタリストと非マネタリスト(あるいはケインジァン)の論争は、一九六五年の「アメリカン・エコノミック・レヴュー』誌で戦わされた論争(ケインジアンのアンドーとモジリァーニ(AM)対マネタリストのフリードマンとマイゼルマン(FM)の論争だったことから、「ラジオ局の戦争」と呼ばれた)と同じように、「通貨のみが重要」という強硬派マネタリストの主張には問題が多く、「通貨が重要」ということであればそれを否定する論者マネーサプライ=FriedmanandSchwartzのM2,1929年1月=100に指数化名目生産額=卸売物価指数×工業生産指数,1929年1月=OOに指数化マネーサプライと名目生産額はいないということが結論だったといえよう。
あえて要約するとすれば、大不況の初期には農業、住宅建設、自動車産業等で起こった需要の減少という実物要因が重要な役割を果たし、株式暴落とそれに続く銀行危機という金融的要因はその後の不況の長期化に大きく貢献した、という一}とにはほとんどの経済学者が同意するといってよい。
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